「咳がなかなか治らんね、早く病院行ったほうがいいよ」
それが自分が覚えている最後の会話。
その一ヵ月後、おばさんは亡くなった。入院してから三日後のことだった。
肺炎で入院したと聞かされていたが、病名は末期の肺ガンだった。
涙は出なかった。ただ、激しい脱力感に襲われたのは覚えている。
当時中学校2年生だった自分は、親戚でそのような不幸はあったことが無く、
「死」に対して何の意識も無く過ごしていた。
だから正確に言えば、涙が出なかった理由は、
「死」が現実として受け止められなかったからではないかと思う。
自分の名前が野球の大会などで新聞に載ると、
まるで自分の子どものように喜んでくれたおばさん。
そのおばさんはもちろん、自分が高校で野球をしたこと、
大学に進学したことなどもちろん知るわけが無い。
ただ、毎年しているお墓参りでは、それまでの出来事を全て墓前で報告している。
あれからもう八年が経過した。自分は何か成長できたのだろうか。
もし、おばさんに出会ったら、胸を張って自分がやってきたことを話せるのだろうか。
そうならないためにも、自分の意志を明確に持ち、これから生きていこうと思う。
とぼんやり景色を眺めながら考えていた、大阪への高速バスの中。
水曜はAさんと一緒にバイトでした。
コンビにでは当たり前ですが、中華まんを補充した後に、間違って生のまま売らないようにメモを残しておくんです。
おそらくAさんは
「肉まん×4 ピザまん×2 18:30からok!」
と書きたかったと思うんですけど、
「肉まん×4 ピザまん×2 18:30からoh!」
と書いてあるメモが残されていました。
僕はそんなテンションにはついていけません。
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